誰かに決められたことを
勉強するのは、
もう今年でやめませんか?
カルチャーセンターの草分けとして。
1973年、“カルチャーセンター”という言葉が社会に定着していなかった頃。当センターはこうした時期に誕生し、学ぶことの楽しさ、人と人との出会いを提供し続けてきました。先駆企業のトップとしてである社長に、カルチャーセンターの存在意義や将来性についてインタビューしました。
教育や文化を対象としている企業は数多くありますが、カルチャーセンターとはどんなところなのでしょうか。
ひとことでいえば、市民大学、成人学級、学習サークルといったイメージで表される「生涯学習の場」です。良き師、良き友との「出会いの場」でもあり、生きる喜び、学ぶ楽しさ、自分を再発見する「自己変革の場」でもあります。それらを総称して、私は「知的なサロンです」という言い方をよくしていますが。
たとえば、大学との一番の違いはどのあたりにありますか。
大学よりずっと多彩です。大学の講座は、選択科目があるといっても、選択の幅はそう広くはありません。当センターは3カ月を「一学期」として、その間にざっと1800講座も開かれているのです。レベルの高い「学問」から、たのしい「趣味」「娯楽」まで、何でもあります。大学のような決まりはありませんので、受講者さえ来てくれれば、どんな講座を創ってもいいのです。
そんなに沢山の講座を誰が創るのですか。
当社の社員です。そこが大学と最も違うところで、大学では教える側が講座を創りますが、カルチャーセンターでは受講生に代わり、学ぶ側に立って、社員が講座を創ります。どのような講師に、どのようなテーマで話をしてもらうか、それを考える「講座創り」が 社員の最大の仕事です。
講座を創るなんて、大学教授なみの知的レベルでないとできませんね。
そんなことはありません。学ぶ側に立って創るのですから入社早々の人でもどんどん創っています。受講者の年齢層はさまざまですから、若い人は若い感覚を、ベテランはベテランの感覚を生かしていくことです。いずれにせよ、きわめて知的な、創造的な仕事であることは確かだといえましょう。私としては、知的好奇心の旺盛な人、型にはまらない個性豊かな人に期待しています。
このカルチャーセンターの特色はどこにありますか。
この分野の草分けだということです。今でこそカルチャー事業は、民間だけでなく、大学や地方自治体まで参画して花盛りですが、23年前、朝日新聞の文化活動の一環として新宿で産声を上げた時は、世間をあっと言わせたのです。カルチャーセンターという言葉がいまや普通名詞になったことを、私たちは大変、誇りに思っていますし、先導役としての責任も重いと自覚しています。日本で最も質の高い、品性のあるカルチャーセンターであり続けようと努力しています。
お言葉ですが、カルチャーセンターと聞いて「主婦の暇つぶし」というイメージを持つ人もいるようですが。
そう思われる方は一度、見に来られるといいと思います。受講者に男性も増えてきていますし、みんな、どんなに生き生きと輝いているか、その姿を見れば、誤解は雲散霧消するでしょう。地位や名誉や欲得のためではなく、ただ自分を磨くために学ぶということがどんなに素晴らしいことか、分かるはずです。
カルチャーセンターは将来どうなっていくと思われますか。
21世紀は、物の豊かさより「心の豊かさ」を求められる時代になることは間違いないでしょう。カルチャーセンターが社会の中で果たすべき役割は、ますます大きくなっていくに違いありません。技術革新が進んで現在では想像もつかないような新しい講座も生まれていることでしょうが、それでもやはり、カルチャーセンターの本質は、人と人とのふれ合いにある、と私は確信しています。そして、それを支えるのもまた「人」なのです。
20年前からずっと
生涯学習がテーマだった。
今でこそ世の中に定着した「生涯学習」という言葉。しかし、当センターがこのテーマに取り組み始めたのは、今から20年以上も前のことです。今日までに膨大な数の講座を生み出し、現在では1800以上の講座を運営。それだけの講座を企画し、創り上げ、運営してきたのは、一人一人の社員なのです。
1800にもおよぶ、
多彩な講座に込められた想い
20年以上も前から生涯学習というテーマに取り組み、常にカルチャーセンターとしての本質を貫いてきた当センター。その姿勢は、講座内容に明確に示されています。現在、当社が手がけている講座は、大きく分けて8分野。全体では1800もの講座を開講していることになります。
左の図からもわかるように、その内容は、教養講座や芸能・手工芸など。資格取得やビジネスに直結した講座よりも、人々の純粋な「学びたい」という気持ちを満足させるような講座が中心になっています。中には、10数名の受講者であっても、内容的に意義のあるために継続しているものもあるほど。多彩で、しかも深みのある講座編成は、単に売上や受講者の拡大だけにとらわれるのではなく、“こうした講座があるべきだ”という信念に従って講座を編成してきた結果といえるでしょう。
企画から運営まで
一人の社員がすべてを担当
当社の特徴は、一人の担当者、一つの担当チームが、講座運営に関するすべてのプロセスを手がけていくことです。部門によって異なりますが、1週間~3カ月ごとにミーティングを行い、既存講座を見直しています。そこでは、一人一人が日頃の活動から収集した情報を交換し合い、またそれぞれに暖めてきた新しい企画やアイデアも発表。ほとんどの場合、発案者がそのまま新規講座の担当者となります。その後、講師の候補をリストアップし、当センターの主旨を理解していただいた上で講師を依頼します。さらに受講生募集のための広告や案内も担当者が作成。開講後は、必要な教材の準備、講師や受講者との意見交換など、適切な講座運営のフォローを行い、より充実した内容になるように努めていきます。
失敗を恐れないで、
実行に移してほしい。
入社後3年間は、まず支社の受付を担当しました。これは、研修的な意味合いもあり、会社全体の講座を把握する上でとても役に立ちましたね。
その後、現在の教養講座科に異動になり、講座運営を担当するようになりました。といっても、はじめは前任者から引き継いだ講座を間違いなく運営していくだけで精一杯。自分で講座を企画するようになったのは、1年ぐらいたってからです。カルチャーセンターの講座は、私たちの意欲だけでは成り立たず、受講者にも講師にも喜びを感じてもらえるものでなければ長続きしません。いつだったか、『「哲学とは何か」を読む』という講座を引き継いだことがありました。新しい講師の方だったんですが、先生自身、カルチャーセンターで教えることに充実感を持っていただけたんです。自分のポリシーなども盛り込んだ熱意のある講義をしていただいているため、受講者からも厚い支持を受け、もうお願いしてから3年目に入りました。自分が関わった講座が長く続いていくのは、何よりもうれしいですね。
ただ、はじめのうちは、自分の企画がうまくいかないこともありました。一番よく覚えているのは、生まれて初めて企画した講座です。ミーティングで井原西鶴の講座を発案したところ、先輩からは「どうかなあ?」という声もあったんです。それでも実際に進めることになり、大学時代の研究室の先生にコンタクトをとって講師の方を紹介してもらいました。そして、いざ、募集を始めてみると、受講者は4人。ぎりぎりまで待ったんですが、結局それ以上集まらずに、講座はストップとなってしまいました。カルチャーセンターの歴史物では、年輩の方が多いせいか、現代に近いものはあまり受講者が集まらないんです。結局は、受講者の方々の要望をよく把握していなかったということですね。自分の側からではなく、受講者の側にたってものを考えることの大切さを痛感しました。
それでも、一応チャレンジさせてくれるあたりが当社の良さなんです。ですから、これから入る人にも、失敗を恐れないでいろいろなアイデアをぶつけてほしいと思っています。
仕事を通じて、
新しい世界が自分にプラスされる
“自分には何が向いているのか”“自分が興味を持てるのは何なのか”。学生時代に、誰でも一度はそんなことを考えますよね。でも、それはほとんどが想像の域を脱していなくて、いろいろなことを十分に経験した上で考えたことではないはずなんです。ですから、社会に出てさまざまな分野の仕事を経験して、そこで初めて新しい自分を発見する人も多いんですよ。その意味で、カルチャーセンターには豊富な講座があり、学ぶことを心から楽しんでいる大勢の方々と接します。私も、そうした環境のもとで、思いもよらなかった自分の興味を新発見しましたね。
入社後は、まず美術・手工芸関係の講座を担当。そこで、受講者や先生方と接しているうちに興味を持ち始めたのは、日本の音楽でした。それまでの私といえば、クラシック音楽にはしっていて、和楽にはむしろ拒否反応さえあったほどなんです。こんな先生でこんな講座を企画してみたら面白いかもしれない、という講座企画の意欲がわいてきたのも、その頃から。長唄の後ろで鼓を打つ「歌舞伎囃子」という講座が、私にとって最初の企画となりました。
当社にとっても初めての講座でしたから、まずは講師の方を探すことをからスタート。知り合いを根気よくあたっていくと、家元クラスの方とコンタクトが取れたんです。普通なら弟子入りをしないと習えない方ですし、とてもカルチャーセンターの予算で頼める方ではなかったんですが、カルチャーセンターで素人さんに教えることに興味を持ってもらい、引き受けていただけたんです。
その分野の第一人者の方と知り合うことができ、一緒に講座をカタチにしていける。これは当社でしか味わえないことであり、私たちにとっト一生の財産になるんです。以後は、すっかり和楽のほうに傾倒してしまい、自分に新たな世界がプラスされました。今は一般講座以外のものを担当するセクションにいますが、実は雅楽の講座の企画も担当させてもらっています。
カルチャーセンターだからこそ
できることがある。
私と当社との最初の出会い、それは受講者として日本語教師養成講座を受けた時でした。その後、今度は講師として当社の教室を訪れるようになり、やがて社員として入社。講師を務めながら、講座運営もするという立場になりました。今では日本語講座の科長を任されるようになって、いつの間にか会社の中心へと近づいてきてしまいました。
私の場合、ユニークなキャリアステップを踏んできたわけですが、入社を決意したのは、カルチャーセンターのコンセプトに惹かれたことが大きいですね。カルチャーセンターは、大学や技能訓練施設と違って、もっとオープンで、フランクな「学ぶ場」を提供していくところです。大学などの公開講座はまだまだ少なく、社会人の方、第一線を退いた方が手軽に受講できる場は充実しているとは決していえません。そこで、大学に入学しなくても同じようなレベルの講義が受けられる場、一般の方々がなかなか接する機会のない講師とのコミュニケーションを深めていく場、そんな生涯学習の環境を提供していくことにカルチャーセンターの社会的な意義があるわけです。
また、学ぶ気持ちがあるということは、人生に意欲があるということなんです。生き甲斐がなければ、人間は若々しくいられません、逆に、生き甲斐がある人は、何歳になってもパワーがあり、成長や変化を続けていけるんです。学ぶ場を継続的に提供し、学ぶ気持ちを支援していくことは、高齢化社会に向けても大きな意味を持っているのです。
日本語講座は、外国人向けの日本語講座、日本語教師養成講座の2つから成り立っています。どちらも「マスターすること」を目的としているので、カルチャーセンターの中では、少し変わった位置づけにあります。ただ、私としては、カルチャーセンターの一部門であることを重視しています。カルチャーセンターの日本語講座だからこそできること。これから入社してくる人たちの感性も大切にしながら、そんなテーマを追求していきたいですね。